にわか日本好きが選ぶ、気になるニュース

気になるニュースを思うまま書いてます。

ジャンプ葛西選手、亡くなる前の「母」の手紙/ラストサムライ・小野田寛郎さん、「母」の口癖

ジャンプ葛西選手の銀メダル、本当に感動しました。

私と同じ41歳ということもあって
感慨深いのですが、


葛西選手が、選手としての浮き沈みだけでなく、

たくさんの「人生の苦しみ」を乗り越えておられることに感動します。


こちら↓
〇「たくさんのつらいことを乗り越え」家族の支え「銀で恩返し」 葛西メダルへの道
産経ニュース 2014.2.16 20:40
http://sankei.jp.msn.com/sochi2014/news/140216/soc14021620450051-n1.htm


そのことを
致知出版社の「人間力メルマガ」2014/01/27号で知りました。


〇【W杯史上最年長優勝】スキージャンプ葛西選手が語った「母からの手紙」
http://archive.mag2.com/0000192277/20140127080000000.html

~~(引用はじめ)~~



そんな妹を支えに、98年の長野五輪へ
向けて気持ちを奮い立たせました。


ところが94年の11月、
ある大会で転倒して鎖骨を折り、
しばらく跳べない状態が続いたんです。


翌年の5月頃、
ようやく完治して、
私はブランクを埋めるために
それまで以上に猛練習に励みました。


通常なら300本跳べば十分といわれる夏に、
900本跳んで再起を賭けたんです。


――通常の3倍の猛練習を。


しかし、それが逆に災いして、
その冬のシーズンで今度は
着地の時に足を骨折して
しまったんです。


普通に着地したんですが、
その途端にコリッと。


練習のし過ぎで、腰や股関節に
負担をかけ過ぎたのが原因でした。


それから1年半くらい
記録と遠ざかっていたんですが、
そんな折に実家が放火に遭いましてね。


母が全身火傷で病院に
担ぎ込まれたのです。


――ああ、お母様が全身火傷に……。


なんとか一命は取り留めたんですが、
火傷は全身の70%にも及んでいて、
炎の熱で肺も気管も焼けていました。


何度も皮膚移植を繰り返したんですが、
結局97年の5月に亡くなりました。

後から入院中に母の書いた
日記が出てきましてね。


それを開くといまでも
ポロポロと涙が出てくるんです。


ああ、辛かったんだろうなあって…。 


貧乏と闘いながら
必死で働いて僕たちを育て、
ジャンプまでやらせてくれた母には、
いくら感謝をしてもし足りません。


金メダルを取って家を建ててあげる
約束を果たせなかったのが、
本当に残念で……。


入院中の母は、もう手も握れないくらい
ひどい状態でした。


痛みは絶えず襲ってくるし、
死の恐怖と必死に闘っていた。


そんな中で、不調な僕を気に掛けて、
励ましの手紙を送ってくれたんです。


――そこに書かれていたことは。


「いまこの時を頑張れ。
 絶対におまえは世界一になれる。
 お前がどん底から這い上がってくるのを
 楽しみに待っているよ。」と。


いまでも大事な大会の前には
この手紙を読み返します。


見るたびにものすごく
大きな力をもらえるんです。


~~(引用おわり)~~


オリンピック前にも、
きっとお母様の手紙を読まれたのでしょうね。


どん底の息子を信じる愛情に
本当に感動しました。


【母親の優しさ】なんですね。



そして話は変わりますが、

本日(2014/2/17)のメルマガ「ロシア政治経済ジャーナル」の記事、
「ラストサムライ・小野田寛郎さん、「母」の口癖」では、


【母の厳しさ】に感動します。

「おたよりコーナー」では、
私の小野田寛郎さんについて紹介したことも取り上げて頂きました。

(本当に光栄です!)


小野田寛郎さんの「母」の口癖とは、


<「負けて泣くような喧嘩はするな。


 勝つ自信が持てるまで我慢しろ」 >


です。


今の日本人にとっても噛みしめたい言葉だと思います。


是非ともお読みください!↓


== RPE Journal===================================================


ロシア政治経済ジャーナル No.1026 2014/2/17

★ラストサムライ・小野田寛郎さん、「母」の口癖
http://archive.mag2.com/0000012950/20140217000000001.html

================================================================


全世界のRPE読者の皆さま、こんにちは!

北野です。



(●アメリカもロシアも大絶賛する日本人???
詳細は、【おたよりコーナー】で!)



今年1月16日、「真のラストサムライ」として、その名を世界に
とどろかした小野田寛郎さんが亡くなられました。



▼手のつけられない暴れん坊


小野田さんは、1922年3月19日、和歌山県に生まれました。


子供のころは、手のつけられない暴れん坊だったそうです。


小学校のとき、こんな事件が起こりました。



<小学校に入学してすぐ、ささいなことから同級生と喧嘩になった
ことがある。

同級生がナイフで鉛筆を削っているのを見て、「僕も削りたいから、
ちょっと貸して」と話しかけると、

「貸さない」と語気荒く突っぱねられた。

私はカチンときて「このシブチン(けち)」と言い返したら、相手がナ
イフを振り上げたので、たまたま近くの机の上にあったナイフで応
戦したら、相手は手から血を流してナイフを捨てた。>

(小野田寛著 「生きる」より)



小学校のころは、つまらないことでケンカするものですね。

しかし、小野田さんの母上様の反応は、まさに「武士の母」という
べきものでした。




<この事件は学校から親に知らされた。

家に帰ると、母から「風呂に入れ」と命じられ、紋付と袴に着替え
させられた。

そして仏壇の前に座らされると、


「お前を生かしていてはご先祖様に申し開きできません。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
生んだお母さんにも責任があります。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
一緒に死んであげるから、先に腹を切りなさい」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

と短刀を渡された。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
これには、さすがの私も肝をつぶして「二度といたしませんから、
どうかお許しください」とご先祖様に謝って、ようやく許してもらっ
た。

私が謝ったのは、それが最初で最後である。>



すごいですね、小野田さんのお母様は。

それとも、昔の日本人女性は、みんなこんな感じだったのでしょう
か?



▼中国へ


そんな暴れん坊の小野田さん。

ありあまるエネルギーをもてあましていました。


ある転機が訪れます。




<17歳の時、進路をめぐって親と大ゲンカし、勘当(親子の緑を
切ること)寸前になった。

私は「勘当されるくらいなら、こちらから勘当してやる」と家を飛び
出し、中国大陸に渡って3年半働くことになる。>




17歳で家を飛び出して、中国へ。

すごいですね~。


10代で家を出て中国に渡る。

なんか、中村天風先生に似ています。


小野田さんが就職したのは「田島洋行」という商社でした。

中華民国、漢口支店勤務。



▼第2次世界大戦


1942年、上海で20歳になった小野田さんは、徴兵されます。

1944年1月久留米第一陸軍予備士官学校へ入校。

同校を卒業後、陸軍中野学校二俣分校入校。

1944年12月、陸軍少尉として、フィリピンへ。



そこで、横山静雄中将から



「玉砕は一切まかりならぬ。

3年でも、5年でも頑張れ。

必ず迎えに行く。

それまで兵隊が1人でも残っている間は、ヤシの実を齧ってでもそ
の兵隊を使って頑張ってくれ。

いいか、重ねて言うが、玉砕は絶対に許さん。

わかったな」



と訓示を受けたそうです。

小野田さんは、これを忠実に守り、なんと戦後29年間、生きて戦
いつづける道を選んだのでした。


ちなみに、お母様は、フィリピンにむかう小野田さんにこんなことを
お願いされたそうです。



「敵の捕虜となる恐れがあるときには、この短刀で立派な最後を遂
げてください」



このときわたされた短刀は、その後どうなったのでしょうか?



1944年12月31日、ルパング島に着任。


1945年2月28日、アメリカの大軍がルパング島に上陸。


日本軍は撃破され、生き残った兵士たちは山間部に逃げます。



▼敗戦後の長い戦い


1945年8月、戦争は終わりました。


日本完敗であります。


ところが、小野田さんのところには、「任務解除命令」が届きませ
んでした。


小野田さんは、「日本軍が再びフィリピンを奪還する日」がくるこ
とを信じ、仲間3人と、戦いながら待つことにしたのです。


彼が潜伏しながら戦いつづけるフィリピン。


実際は、戦後間もなくアメリカからの独立を果たしました。


しかし、アメリカ軍はフィリピンに駐留しつづけることになった。


小野田さんは、この状態を、「アメリカはいまだにフィリピンを支配
している!」

「フィリピン政府は、アメリカの傀儡である」

と判断していました。

そして、フィリピンに駐留するアメリカ軍を攻撃しつづけていたの
です。



一方、日本政府は、小野田さんと行動を共にし、後に投稿した兵
によって、残留兵の存在を知っていました。


捜索隊は、「彼らは、現在の情勢を知らず、戦闘を継続している
のだろう」と考え、

新聞や雑誌を残していった。


それを見た小野田さんは、「東京オリンピック」「新幹線開業」など
の事実を知っていた。

またラジオもあり、世界、日本情勢をある程度しることができてい
ました。


しかし、小野田さんは、「現在の日本はアメリカの傀儡政権であり、
満州に亡命政権がある」と考えていたそうです。


(日本がアメリカの傀儡政権であるというのは、それほど間違って
いませんが・・・。)



1974年、フィリピンにきてから30年後。


冒険家・鈴木紀夫さんが、小野田さんとの接触に成功します。


鈴木さんは、日本が敗北したこと、その後の歴史、日本の現状
などを話し、小野田さんに帰国を促しました。


小野田さんは、「直属の上官の命令解除があれば、帰国する」と
答えます。


こうして、30年ぶりの帰国が実現したのです。


帰国時、ご両親はまだ健在でした。


そして、出会いの光景はこんな感じだったのです。




<昭和49年、ルバング島から帰国して羽田空港に着いた時、30
年ぶりに出迎えてくれた父母に向かって私は

「ただいま帰りました」と挨拶した。

父はただひとこと「うむ」と領き、

母は「ご苦労様でした。お礼を申します」と言った。>



こうして小野田さんは、お母様から預かっていた「自決用の短刀」
を使うことなく、返すことができたのです。



▼帰国後


30年ぶりに祖国への帰国を果たした小野田さん。

しかし、変貌した日本になじむことができませんでした。


そして、帰国から半年後、兄の住むブラジルへの移住を決意。


50歳を超えてから、ブラジルに行き、新たなチャレンジをする。


さすがです。


小野田さんはブラジルで、10年かけて牧場経営を成功させました。


しかし、祖国への思いは消えていません。


「凶悪な少年犯罪が多発する現代日本社会」を心配する小野田
さん。


「祖国のため健全な日本人を育成する」ために、「小野田自然塾」
を作ります。


密林で長年暮らした経験を活かし、たくましい日本人を育成する
ことが目的でした。


思想は保守。

日本を守る国民会議、日本会議代表委員等を歴任。


先日、都知事選で健闘した田母神元航空幕僚長が更迭された
際は、

「田母神論文と自衛官の名誉を考える会」をつくっています。


その後も日本のために講演活動などをつづけていましたが、

2014年1月16日、肺炎で亡くなられました。


心からご冥福をお祈りいたします。



(●小野田さん、驚愕の人生を詳しく知りたい方は、

「生きる」 (詳細は→ http://tinyurl.com/pjuxpav )

をご一読ください。)



▼小野田寛郎さん、「母」の口癖


最後に、小野田さんのお母様の口癖について触れておきたいと
思います。




<「負けて泣くような喧嘩はするな。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

勝つ自信が持てるまで我慢しろ」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

というのが母の口癖だった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

短慮な私を何度も叱り、おかげで慎重さ、たくましさを身につける
ことができた。>





<「負けて泣くような喧嘩はするな。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

勝つ自信が持てるまで我慢しろ」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

というのが母の口癖だった。 >
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



総理に聞かせたい言葉です。


日本は、負けて泣く喧嘩をしました。


今、また喧嘩になっていますが、今度も「負けて泣く喧嘩」なの
ではないか?と私は心配しています。


なぜ心配しているかというと、国が「負けて泣く喧嘩」をはじめると
き、被害を受けるのは、いつも国民だからです。


それに、自衛隊の皆さんだって、第2次大戦のように「絶対負ける
戦争」ではなく、できれば「勝てる戦争」にいきたいことでしょう。

(もちろん、戦争がないのが一番ですが・・・。)



小野田さんもおっしゃっています。



<戦争で最初に死ぬのは戦争請負人である軍人。

軍人に戦争が好きなものは一人もいない。

軍人は皆戦争なんてやりたくない。>



ではどうすればいいのか?


そう、「勝つ自信が持てるまで我慢」すればよいのです。


では、どうすれば自信を持てるようになるのか?


どうすれば自立できるのか?


正しい選択をすれば、日本は尖閣を狙う中国に「楽勝」できます。


どうやって?


ここでは長くなりすぎますので、書ききれません。


詳細は、すべてここに書いてあります。


是非ご一読ください。





【北野の新刊でました!】

(☆アマゾン政治部門 1位!外交・国際関係部門 1位!)



●日本自立のためのプーチン最強講義
~ もし、あの絶対リーダーが日本の首相になったら

(詳細は→ http://tinyurl.com/nkam4c9  )



●【夕刊フジ】超カリスマ記者久保木さんの書評はこちら。

http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20131126/dms1311261209012-n1.htm

●【日経ビジネス】の書評はこちら。

http://rpejournal.weblike.jp/nikkei_business_20140203.pdf



================================================================


★Oさまからのおたより


北野さま

お返事ありがとうございます。

1月16日に小野田寛郎さんがお亡くなりになりましたが、、

私は2007年に小野田自然塾という2泊3日のキャンプに参加させて
頂いたので、とてもショックでした。

その小野田さんも、

======================
戦争で最初に死ぬのは戦争請負人である軍人。
軍人に戦争が好きなものは一人もいない。

軍人は皆戦争なんてやりたくない。
======================

と仰ってました。


それとたまたま、こんな記事を読みました。

〇「最後の日本兵」小野田氏がなぜロシアで感動を呼ぶのか
http://japanese.ruvr.ru/2014_01_17/127435378/


ロシアで有名な『誠実な言葉』の話と
小野田さんの「義務に忠誠を誓う姿勢」が似ているそうです。


少し嬉しく思いました。


そんなことも含めて、
拙ブログでご紹介させて頂きました。


●小野田寛郎さんの死
【ニューヨークタイムズが特集】【ロシアでも尊敬される】
http://kopiruakkun.blog.fc2.com/blog-entry-4102.html


ありがとうございます。




================================================================

★編集後記


先日散髪にいったところ、スタッフのお姉さんたちが、仕事を
さぼってテレビを見ていました。

何を見ているかと思いきや、羽生さんの演技ではありません
か。

金髪のお姉さんたちがうっとりし、感嘆しているのを見て、


「嗚呼、羽生さんの美しさは、世界に通じるのだな」


と感じました。


金メダル、おめでとうございます!

そして、ありがとうございます!

生で見ていましたが、本当に誇らしかったです。



RPEジャーナル
北野幸伯

=====================================RPE Journal=================


◎ロシア政治経済ジャーナル
のバックナンバー・配信はこちら (無料です!)
http://archive.mag2.com/0000012950/index.html

---

転載ご自由にどうぞ!

メルマガにも登録してもらえると嬉しいです。
登録はこちらから↓

メルマガ「にわか日本好きが選ぶ、気になるニュース」
(ほぼ平日1回配信)
http://melma.com/backnumber_190011/


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

★★お薦め情報★★

とても読みやすい本です!!

私も会社帰りの疲れた(笑)、通勤電車でも読めます。

是非どうぞ↓

(☆アマゾン政治部門 1位!外交・国際関係部門 1位!)


●日本自立のためのプーチン最強講義
~ もし、あの絶対リーダーが日本の首相になったら

=> http://p.tl/RBl6


日本自立のためのプーチン最強講義 もし、あの絶対リーダーが日本の首相になったら

新品価格
¥1,680から
(2014/1/17 12:23時点)





▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽




スポンサーサイト
  1. 2014/02/17(月) 12:29:55|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<02/17のツイートまとめ | ホーム | 02/16のツイートまとめ>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://kopiruakkun.blog.fc2.com/tb.php/4155-2e00a8bf
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)