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【縄文時代の日本人とシュメール人の交流】天皇(スメラミコト)の語源はジュメルミコト?

週プレニュースの2013年07月12日の記事
(「週プレニュース」のアクセス1位記事)

●前ワタミ会長・渡邉美樹が参院選で孤立無援になっている
http://wpb.shueisha.co.jp/2013/07/12/20361/

の記事を読んでいたら、

「週プレニュース」のアクセス5位の記事で、

「縄文時代、日本人にはシュメール人と交流する高度な文明があった」
というのがあり、驚きました。

記事は、「2010年09月16日」なんで、
何故、急にアクセス数が増えたのでしょうかね?

こちらの記事です。↓
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●縄文時代、日本人にはシュメール人と交流する高度な文明があった
週プレニュース 2010年09月16日
http://wpb.shueisha.co.jp/2010/09/16/364/


(資料提供/吉田信啓)山口県下関市彦島・杉田丘陵の“ナゾの絵文字岩”。「先祖代々から子孫が生まれ、武力を振るって都を造り、ここに戦いの日の神の加護をもって王国を築き君臨する(以下略)と解釈できるという
http://wpb.shueisha.co.jp/2010/09/16/364/images/0

「縄文時代、日本に文字などの高度な文明はなかった」

学会を支配し、学校でも当たり前に教えられるこの通説に、人生をかけて立ち向かう元高校教師がいる。「日本ペトログラフ協会」会長の吉田信啓氏(73歳)である。

ギリシャ語で「ペトロ」は岩石、「グラフ」は文字や文様のこと。つまり、ペトログラフとは岩石に刻まれている文字や文様を意味する。吉田氏によれば、北九州市門司地区を中心に九州各地で発見されているペトログラフが、日本の歴史をガラリと書き換える“証拠”になるというのだ。

「人類は、先史時代から文字や文様を想像し、木や皮、岩石に刻みました。その中で、風化や腐食に耐えうる岩石に刻まれたものだけが世界中に残っている」(吉田氏)

“子孫繁栄を表す太陽神”の絵らしきものや、“神よ、雨を降らせたまえ”と解読できる文字らしき記号は、約6千年前頃からメソポタミアに高度な文明を築いたシュメール人が使用していたとされる“シュメール古拙文字”だと吉田氏は見ている。

「九州にシュメール古拙文字が残っているのは、紀元前2000から紀元前1500年頃、アッカド人に追われたシュメール人が海洋に逃れ、インド用から北上してこの地に渡来したことを意味するもの」(吉田氏)

吉田氏はこれまでに、この独自の学説に基づき北九州市の門司地区を皮切りに、関門海峡周辺を調査し、山口県彦島や、大分県の国東市、熊本県の阿蘇、福岡県の沖ノ島など九州各地でペトログラフを発見し、状況証拠を集め続けてきた。

ただし、吉田氏の最終目標は、「古代シュメール人と縄文人の交流」の証明ではない。主流学会の後押しもなく、自身が中心となって古代日本の研究を続ける吉田氏を突き動かしているものとはいったいなんなのか? 30年前から考古学と比較言語学に没頭してきた吉田氏が真摯に語る。

「日本の歴史学会、民族学会ではなぜか縄文時代に文明が“なかったこと”にされているんです。戦後のGHQによる“国民精神骨抜き計画”の影響で、日本という国家は『古代文明も王朝も神代も神話もなかった』という実に情けない押しつけを受けてしまった。
そもそも、縄文時代というものが認められたのも、戦後ずっとたってから。これはどう考えてもおかしい。きちんとした発見があれば、今教えられている歴史は“変えられる”んです」

縄文時代に高度な文明が存在したかどうかはまだナゾの範疇だ。だが、吉田氏はその「足りない断片」を執念で埋めようとしている。紀元前の歴史の空白が埋まる日も近いのかもしれない――。

(転載終了)
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上記の記事では、

「九州にシュメール古拙文字が残っているのは、
紀元前2000から紀元前1500年頃、アッカド人に追われたシュメール人が海洋に逃れ、
インド用から北上してこの地に渡来したことを意味するもの」

とされていますが、

都市伝説的なお話ですが、(笑)
実はもっとスゴイ説があるんです。

拙ブログの2013/01/08で紹介しました、
こちらの記事です。

●書評「神社の秘密」【出雲大社編】羽賀ヒカル
拙ブログ 2013/01/08
http://kopiruakkun.blog.fc2.com/blog-entry-3082.html

ーー引用はじめーー

私が読んで驚いたのは、
「イズモ族とヤマト族の記憶」です。

1万2000年前からの日本神話の暗号に解くということで、
イズモ族とヤマト族の争いについて解説されています。

古事記って不思議な話が多いですよね。
どう解釈していいのか???

僕にとっては、
この本を読んで、
とても「なるほど!」と思いました。


「古事記をそんな解釈するのは、けしからん!」と思われる方は、
是非読まないでください。w

逆に、
「都市伝説」が好きな方は、是非どうぞ。笑



羽賀 ヒカルさんは占い師なのですが、
実は私も鑑定をしてもったことがあります。

その時の強い影響があり、
昨年、2012年という年に結婚しました。

そして、新婚旅行は松江、出雲に行き。
出雲大社に参拝しました。
(これも羽賀さんの影響が大きく)

その妻と初めて出会った場所は、靖国神社です。

ということで、
私にとって、神社は切り離せないのです。笑

ーー引用終わりーー

このブログ記事を書いたときは、

「シュメール人とは、古代日本人である。」
というところに触れなかったのですが、

この週プレニュースの記事を読んで、
ちょっと触れたいと思いました。

「神社の秘密」【出雲大社編】の70ページから
79ページあたりに、このようなことが書かれています。

そう、
1万2000年前に何があったのか、、、

縄文時代の二つの部族が
西の理想郷を目指しました。

一つは、航海術に長けていたので、海を渡って、
もう一つは、陸を歩み続けて、

そして、ようやく見つけます。
メソポタミアという場所です。

そして都市を作りました。

紀元前3500年頃栄えた、シュメール文明です。

シュメール人とは、古代日本人です。

陸を通った部族は、
エラムという国を作りました。首都はスサという名前。

この国の王は、「スサの王」で、「スサノオ」と呼ばれました。

海から渡った部族は、宗教性に長けていました。
メソポタミアの儀式や祭祀を執り行なう司祭王は彼らの中から選ばれました。

この司祭の王は、シュメールの音にちなんで、
ジュメルミコト(シュメールの文明の王)と呼ばれていました。

これが、天皇(スメラミコト)の語源ではないかと言われています。

文明が築かれましたが、

しかし、赤道に近いこの土地では、
日中は強い日差し、夜は凍えるほどの寒さ。

日本に戻ることになりました。

紀元前2000年くらい。

突如、シュメール文明は滅びました。

そして、行くルートが2つなら、
戻るルートもまた2つ。

スサオノの部族は陸を通って、出雲へ
ジュメルミコトの部族は、海を通って、九州へ

それから、

ヤマト族アマテラスとイズモ族スサノオの争いが、、、

ーーー

ほんまかいな、と思うお話だと思いますし、
そんな解釈はけしからん!

と思われる方も多いと思いますが、

個人的には、凄くなっとくするお話でした。

そして、
この「神社の秘密」の本を読んで、
新婚生活がうまくいかなかった時期(ありました。笑)、
とても助けられました。

妻もこの本を読みました。

お互いの違いを認めることができました。

ご興味があれば、是非どうぞ

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  1. 2013/07/13(土) 17:47:43|
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